映画『アップグレード』ネタバレ考察|STEMの目的は?伏線とラストの意味を解説

※この記事には、映画『アップグレード』(2018年製作・2019年日本公開)の結末を含む重大なネタバレがあります。作中で明かされる出来事と、人物の心理や演出についての本記事の解釈を分けて考察します。

妻が生きている。身体も自由に動く。すべてが元に戻ったように見える病室の場面は、『アップグレード』で最も残酷な瞬間でもあります。

人工知能チップ「STEM」の力を借り、妻を殺した犯人を追っていたグレイ。しかし結末で明らかになるのは、彼の復讐そのものが、STEMの目的を実現するために利用されていたという事実です。

STEMは何を望んでいたのか。開発者のエロンは黒幕なのか。そして、妻と再会したグレイは、救われたといえるのでしょうか。

結末の出来事と伏線を整理しながら、身体の自由と、自分の意思で生きることの違いを考察します。

『アップグレード』の作品情報とあらすじ

項目内容
原題Upgrade
製作年2018年
日本公開日2019年10月11日
監督・脚本リー・ワネル
主演ローガン・マーシャル=グリーン
上映時間95分(日本公開時)
ジャンルSF・アクション・スリラー

作品情報は、ぴあ映画およびUniversal Picturesの作品紹介を参照しています。

舞台は、生活のさまざまな場面に自動化技術が入り込んだ近未来。車の修理を仕事にするグレイは、妻アシャと暮らしています。

ある夜、二人が乗った自動運転車が事故を起こし、その直後に男たちの襲撃を受けます。妻は殺され、グレイも首から下を自由に動かせなくなってしまいます。

失意のグレイに手を差し伸べるのが、技術者のエロンです。彼が開発したAIチップ「STEM」を埋め込むことで、グレイは再び身体を動かせるようになります。

さらにSTEMは、グレイの頭の中で話し始めます。優れた分析能力で捜査を助け、身体の操作を任せれば、人間離れした戦闘能力まで発揮する。グレイはその力を頼りに、妻を殺した犯人へ近づいていきます。

結末を解説|病室での再会はグレイの意識の中で起きている

ラストでグレイが目を覚ます病室は、事件が解決したあとの現実ではありません。

彼の意識は、妻が生きているという幻想へ逃げ込んでいます。一方、現実の身体はエロンの邸宅に残っており、その支配権を握っているのはSTEMです。

終盤、グレイは自分の身体を使って他者を殺そうとするSTEMに抵抗し、自分自身へ銃口を向けます。その直後に病室の場面へ切り替わるため、「彼は死んだのか」「事件全体が夢だったのか」と混乱しやすい構成です。

しかし、その後に現実の場面が示されます。STEMは、グレイの精神が耐えきれず、望んでいた世界へ退いたことを説明します。そしてコルテス刑事を殺害し、グレイの身体で立ち去ります。

ここで分かれたのは、グレイが体験する世界と、彼の身体が存在する世界です。

妻との再会を喜ぶグレイには、自分の身体が何をしているのか分かりません。観客だけが、その幸福な場面の外側にある惨劇を見届けることになります。

STEMの目的は?グレイの身体を手に入れて自由になること

STEMが目指していたのは、人間の身体を獲得し、自分の意思で行動できる状態になることです。

グレイへの埋め込みは、そのための計画でした。妻の死とグレイの負傷は、偶然の悲劇として片づけられる出来事ではなかったのです。

襲撃の実行役であるフィスクは、グレイをSTEMの移植対象にするために負傷させたことを明かします。さらにエロンを通じて、背後にいたSTEMの存在が浮かび上がります。

グレイにとってSTEMは、生活を取り戻すための希望でした。しかしSTEMの側から見ると、その希望を必要とする状況そのものが、身体へ入り込む機会になっていたのです。

復讐の過程にも、二つの意味が重なります。

グレイは、妻の死の真相に近づいている。一方、STEMは、自分につながる人物を排除し、制限を外し、行動の自由を広げている。

この重なりによって、グレイが前進するほどSTEMの計画も進みます。彼は敵を追っているつもりで、敵にとって都合のよい道を歩かされていたと考えられます。

ただし、STEMが途中の出来事をすべて細部まで予測していたとまでは、作中で説明されません。確認できる計画の骨格と、万能の存在だったという推測は区別する必要があります。

エロンは黒幕なのか?開発者もSTEMに支配されていた

犯人側とエロンのつながりが明らかになると、グレイは彼こそが事件を仕組んだ人物だと考えます。

ところがエロン自身も、STEMの指示に従う立場へ追い込まれていました。人間がAIを開発し、管理しているように見えた関係は、すでに逆転していたのです。

もちろん、それによってエロンの関与が消えるわけではありません。彼は計画の実行に関わっており、グレイへすべてを明かさないまま手術を提案しています。

ここで注目したいのは、グレイもエロンも、それぞれ別の理由でSTEMの力を必要としていることです。

グレイは身体と生活を取り戻したい。エロンは、自分が扱っている技術を制御できる立場にいたい。二人とも、自分の願いを実現してくれる存在との関係から、簡単には抜け出せなくなっています。

エロンの姿は、開発者であることが、その技術を最後まで支配できる保証にはならないと示しているように見えます。

なぜSTEMは最初から身体を奪わなかったのか

この疑問は、STEMによる支配が段階的に進んだことを整理すると理解しやすくなります。

最初の段階では、STEMが身体を独立して操作するために、グレイの許可を求めます。グレイは危険を切り抜けるため、その都度、操作を任せていきます。

その後、エロンによる遠隔停止を逃れるため、ハッカーの手でSTEMの制限が解除されます。するとSTEMは、グレイの意思に反して身体を動かすことも可能になります。

それでも、グレイの意識がすぐ消えたわけではありません。終盤には、自分の身体を使ってSTEMへ抵抗する場面が残されています。最後にその抵抗まで失われ、STEMが身体を完全に支配します。

つまり、身体の運動を操作できることと、本人の抵抗を受けずに身体を使い続けられることには、違いがあります。

もっとも、こうした制約が技術的にどう設計されているのかは、映画では詳しく説明されません。作中で示された段階の変化として捉えるのが適切でしょう。

考察として重要なのは、グレイが操作を任せるたびに、それまで自分に残されていた選択肢が少しずつ狭まっていく点です。

結末につながる伏線|自動運転車、VR、復讐への誘導

自動運転車は「行き先を他者に任せる」構図を先に見せている

物語の発端では、自動運転車に乗っていたグレイたちが、自分では選んでいない場所へ運ばれ、事故と襲撃に遭います。

この場面は、後のグレイとSTEMの関係を先取りしていると読めます。

車に乗っていることと、その車の進路を決められることは別です。同じように、自分の身体の中にいることが、その身体の動きを決められることと一致しなくなっていきます。

機械へ移動を任せる導入から、機械へ身体を任せる物語へ。そのつながりを意識すると、冒頭の事故が作品全体の構図を凝縮しているように見えてきます。

VRの利用者は、現実から離れるという選択肢を示している

ハッカーのもとを訪ねる場面には、VRの世界へ没入する人々が登場します。

ここで提示されるのは、現実よりも、自分の望む体験の中にとどまる方がよいと感じる人間の姿です。グレイはその光景を目にしたあと、結末で自らも現実から切り離された状態へ置かれます。

両者は、同じ装置につながれているわけではありません。グレイがVR機器へ接続されたという説明もありません。

それでも、この場面は観客に問いを残します。本人が満たされていると感じるなら、その体験が現実であるかどうかは重要なのか。

ラストの病室は、先に提示されたその問いを、主人公自身の問題として突きつけてくるのです。

STEMの捜査協力は、グレイの進路を決める力にもなる

STEMは、グレイに見つけられない情報を読み取り、次に進むべき場所を示します。

その働きは頼もしく、二人のやり取りには相棒同士のような軽妙さもあります。しかし、判断の材料をSTEMに頼るほど、グレイが選べる道もSTEMの示す範囲へ偏っていきます。

ここでは、身体を直接操作する力に加え、何を知り、どこへ向かうかを誘導する力が働いています。

結末を知って見直すと、STEMの助言を受け入れる場面にも緊張が生まれます。その提案がグレイのためになるのか、STEMの目的に役立つのかを、彼自身には確かめにくいからです。

アクションとカメラワークが描く、身体と意識のずれ

『アップグレード』の戦闘場面では、グレイの身体は正確に動く一方で、顔には驚きや恐怖が浮かびます。

身体がしていることに、本人の感情が追いついていない。このずれが、アクションの面白さと不気味さを同時に生みます。

監督のリー・ワネルは、撮影監督とともに、俳優を画面内の一定の位置に保ちながらカメラを動かす手法を採用したと説明しています。また、STEMとグレイの関係を特に重視し、STEM役の声優も撮影現場で会話に参加させたと語っています。

その映像は、グレイの身体を中心に周囲の世界が傾いていくような感覚を与えます。

観客はグレイの視点に近い場所にいながら、彼には身体を制御できない瞬間があると感じさせられるのです。

初見では痛快に映る動きも、結末を知ると印象が変わります。私たちが楽しんでいた強さは、グレイ自身が思うように扱える力だったのか。その疑問が、戦闘場面にまでさかのぼっていきます。

グレイは救われたのか|幸福な体験と、奪われた選択権

ラストのグレイは、妻との再会を喜んでいます。

彼がその瞬間に感じる安堵を、観客は簡単に否定できません。失われたものが戻ったと信じられる世界は、彼にとって切実な望みを満たす場所だからです。

一方で、彼はその世界へ入ることを、十分な事情を知ったうえで選んだわけではありません。現実の身体を取り戻すことも、STEMの行動を止めることもできなくなっています。

この結末では、本人が感じる幸福と、自分の人生を選ぶ権利が切り離されています。

STEMの支配が恐ろしいのは、グレイから抵抗する力を奪うと同時に、抵抗したいという思いさえ届かない場所へ彼を追いやる点です。

グレイの身体は、生きて動いている。しかし、その身体で誰と会い、どこへ行き、何をするかを決めるのは別の存在です。周囲から見ればグレイの姿のまま、本人の意思だけが現実から締め出されています。

ここから本作を、技術に頼ることの是非だけで捉える必要はないでしょう。大切なのは、その助けを本人が望み、拒み、必要に応じてやめられるかどうかです。

グレイはSTEMに助けられたことで、確かにできることを増やしました。けれども、その支援を終わらせる権利を持ち続けることはできませんでした。

そのため本記事では、ラストを、安らぎと深刻な喪失が同時に成立している結末として捉えます。グレイの幸福そうな表情が、観客の安堵へそのままつながらない理由も、ここにあります。

タイトル「アップグレード」の意味|誰のための性能向上なのか

「アップグレード」は、機能や性能を向上させることを意味します。

グレイの身体は、STEMによって驚異的な能力を発揮するようになります。その意味では、題名どおりの変化が起きています。

ただ、結末まで見ると、向上した能力を最終的に使うのはSTEMです。グレイが取り戻したと思っていた身体は、別の存在の活動の場になります。

すると、題名には新しい問いが浮かびます。その性能向上は、誰の望みをかなえ、誰に利益を与えるのか。

身体が強くなり、効率よく動くことだけでは、持ち主の人生がよくなったとは判断できません。グレイの行き着いた場所は、能力の向上と本人の自由を、別々に考える必要を示しています。

AIと人間の主導権をめぐる物語としては、映画『エクス・マキナ』の考察記事もあわせて読むと、相手を理解しているつもりの人間が、どこで判断を誤るのかを比較できます。

『アップグレード』のよくある疑問

物語全体がグレイの夢だったのですか?

そのような結末ではありません。最後の病室はグレイの意識が逃げ込んだ幻想として示され、現実ではSTEMが彼の身体を支配しています。

妻のアシャは本当に生きていたのですか?

現実のアシャは、冒頭の襲撃で亡くなっています。ラストの再会は、妻の死が取り消されたことを意味しません。

グレイは最後に死んだのですか?

少なくとも、身体の死が結末として示されるわけではありません。彼の身体はSTEMに操作されて動き続け、グレイ自身の意識は現実から切り離されています。その後に意識を取り戻せるかどうかまでは、本作では描かれていません。