※この記事には映画『アンダー・ザ・シルバーレイク』の結末を含む重大なネタバレがあります。
突然姿を消した美女。
街に残された奇妙な記号。
音楽に隠された暗号。
犬を殺す何者か。
夜になると現れる「フクロウの女」。
そして、ロサンゼルスの地下に築かれていた巨大な墓。
デヴィッド・ロバート・ミッチェル監督の映画『アンダー・ザ・シルバーレイク』は、主人公サムが消えた女性サラを探しながら、ロサンゼルスの裏側に隠された巨大な陰謀へ近づいていくネオノワール・ミステリーです。
ところが不思議なのは、物語が進むほど謎が解けているはずなのに、映画そのものはますます分からなくなっていくことです。
犬殺しは誰なのか。
フクロウの女は実在するのか。
ソングライターの老人は何者だったのか。
サラはなぜ地下に入ったのか。
そして、サムは最後に何を理解したのでしょうか。
先に結論を述べると、『アンダー・ザ・シルバーレイク』が描いているのは、
「世界には意味があるはずだ」と信じ、あらゆるものに暗号や物語を見つけようとする人間の欲望
だと考えられます。
重要なのは、本作ではサムの妄想だけでなく、本当に陰謀が存在していることです。
しかし、その陰謀を発見しても、サムの人生は何一つ良くなりません。
そこに、この映画最大の皮肉があります。
この記事では物語の結末を整理しながら、犬殺しの正体、フクロウの女、ソングライター、地下墓所、サラの選択、ラストシーン、そしてタイトル『アンダー・ザ・シルバーレイク』の意味について考察します。
- 映画『アンダー・ザ・シルバーレイク』の作品情報
- 映画『アンダー・ザ・シルバーレイク』のあらすじと結末
- 結論|本作が描いているのは「意味を探さずにはいられない人間」
- サムは「信頼できない主人公」なのか
- 犬殺しの正体はサムなのか
- それでも「サム=犬殺し」と断定できない理由
- ホームレスの王はなぜ犬用ビスケットを気にしたのか
- フクロウの女「Owl’s Kiss」の正体とは
- フクロウが象徴するもの
- ソングライターの老人は何者なのか
- カート・コバーンのギターで老人を殺す意味
- ソングライターは本当に存在したのか
- 暗号は本当に存在していたのか
- 陰謀が本当でも「意味」は生まれない
- 地下施設は何だったのか
- サラはなぜ地下墓所へ入ったのか
- サムはサラを「救いたい」のではなく、物語の主人公になりたかった
- 『百万長者と結婚する方法』が示していた結末
- サラは本当に幸せだったのか
- ミリセントが水中で見せる姿の意味
- なぜ本作には覗きの場面が多いのか
- オウムの言葉は何を意味しているのか
- ラストでサムが立ち退きを眺める意味
- 壁の「静かにしろ」という記号の意味
- ラストでサムが穏やかに見える理由
- タイトル『アンダー・ザ・シルバーレイク』の意味
- 本当に恐ろしいのは陰謀ではない
- サムが最後まで解けなかった最大の謎
- まとめ|謎を解いても人生の答えにはならない
映画『アンダー・ザ・シルバーレイク』の作品情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 原題 | UNDER THE SILVER LAKE |
| 日本公開 | 2018年10月13日 |
| 監督・脚本 | デヴィッド・ロバート・ミッチェル |
| 主演 | アンドリュー・ガーフィールド |
| 主な出演者 | ライリー・キーオ、トファー・グレイスほか |
| 制作国 | アメリカ |
| 上映時間 | 140分 |
| ジャンル | ミステリー/ネオノワール/サスペンス |
監督は『イット・フォローズ』で注目されたデヴィッド・ロバート・ミッチェル。
本作についてミッチェル監督は、1回目は物語を楽しみ、2回目以降はさまざまなつながりや意味を探してほしいという趣旨の発言をしています。
つまり、すべての謎が最後に明快に説明される通常のミステリーとは異なり、
「謎が残っていること自体」
が映画の設計に組み込まれています。
映画『アンダー・ザ・シルバーレイク』のあらすじと結末
主人公サムは33歳。
ロサンゼルスのシルバーレイクで暮らしていますが、仕事もなく、家賃も滞納しています。
それでも生活を立て直そうとはせず、女性を覗いたり、テレビを見たり、都市伝説やポップカルチャーに隠された意味を考えたりして毎日を過ごしていました。
そんなある日、アパートのプールで美女サラを見かけます。
サムは彼女の部屋へ招かれ、二人は映画を観ながら親しくなります。
しかし翌日、サラは突然姿を消します。
部屋はほとんど空になり、壁には奇妙な記号が残されていました。
サムはサラの失踪に何らかの陰謀があると考え、独自に調査を開始します。
やがて、大富豪ジェファーソン・セヴンスの死、謎のバンド、音楽に隠された暗号、都市伝説を研究しているコミック作者、フクロウの仮面をかぶった殺人者、地下トンネルなどが一本の線でつながっていきます。
そしてサムは、ロサンゼルスの地下に巨大な墓所が築かれていることを知ります。
そこでは大富豪たちが三人の若い女性とともに地下へ入り、「昇天」する儀式を行っていました。
サラもまた、ジェファーソン・セヴンスとともに地下墓所へ入っていたのです。
サムは通信機器を通じてサラと再会します。
しかし、サラは助けを求めません。
自分が置かれた状況を受け入れていました。
サムは彼女を救うこともなく、地上へ戻ります。
そして最後には自分の部屋から立ち退かされる様子を、別の女性の部屋から静かに眺めることになります。
結論|本作が描いているのは「意味を探さずにはいられない人間」
『アンダー・ザ・シルバーレイク』を理解するうえで重要なのは、
サムが何を発見したかではなく、なぜそれほどまでに「意味」を探し続けるのか
という点です。
サムの現実は行き詰まっています。
仕事はない。
家賃は払えない。
車も壊れかけている。
恋人もいない。
かつて付き合っていた女性は、別の人生を歩いている。
つまりサムには、自分自身の人生を前に進めるための物語がありません。
だからこそ、世界の側に巨大な物語を求めます。
歌詞には暗号がある。
ゲームには秘密の地図がある。
女性の失踪には陰謀がある。
犬殺しには正体がある。
街の地下には別世界がある。
「自分の人生が何者でもない」という現実より、
「自分だけが世界の秘密に気づいている」
と考える方が魅力的なのです。
そして映画は、その欲望を単純に否定しません。
なぜならサムの推理は、かなりの部分で本当に当たっているからです。
陰謀は実在します。
地下施設も実在します。
暗号も存在します。
サラの失踪にも裏があります。
にもかかわらず、サムが世界の秘密を解き明かしたところで、彼の人生は何も変わりません。
ここが本作でもっとも重要なところです。
真実を知ることと、自分の人生を生きることは別なのです。
サムは「信頼できない主人公」なのか
本作には、現実なのかサムの妄想なのか判断しにくい場面がいくつもあります。
そのため、
「すべてサムの妄想だったのではないか」
という解釈も可能です。
ただし、全編を完全な妄想と考える必要はないでしょう。
サムとは別の場所で起きている出来事や、監視カメラに残されたフクロウの女など、サムの主観だけでは説明しにくい現象もあります。
むしろ重要なのは、
実際に起きていることと、サムがそこに付け加えた意味を区別できない
ことです。
サムは何かを見るたび、それを別の何かと結び付けます。
映画。
音楽。
漫画。
ゲーム。
雑誌。
都市伝説。
女性。
動物。
殺人事件。
無関係だったものが、サムの頭の中では巨大な一枚の地図になっていきます。
そして観客もサムと同じ視点で映画を見るため、
「この小道具にも意味があるのでは?」
「この数字も暗号では?」
と考え始めます。
つまり映画そのものが、観客をサムと同じ状態にしているのです。
犬殺しの正体はサムなのか
本作最大の未解決問題の一つが、「犬殺し」の正体です。
劇中では、シルバーレイク周辺で犬が殺される事件が起きています。
しかし犯人は最後まで明確には明かされません。
その一方で、
サムこそ犬殺しなのではないか
と思わせる描写がいくつもあります。
サムは常に犬用ビスケットを持っている
サムはサラの犬に会ったとき、ポケットから犬用のビスケットを取り出します。
犬を飼っていない人間が、なぜ普段から犬用のお菓子を持ち歩いているのでしょうか。
サムは過去の恋人が飼っていた犬との思い出があるためだと説明します。
しかし、その説明だけでは少し不自然さが残ります。
犬の死体へ続くビスケット
サムが見る悪夢のような場面では、地面に犬用ビスケットが落ちています。
それをたどっていくと、犬の死体へ行き着きます。
これは、
犬をビスケットで誘い出して殺している
という方法を示しているようにも見えます。
そして、そのビスケットを普段から持ち歩いている人物がサムです。
犬殺しの話題に異常なほど反応する
サムは犬殺しに関する噂へ強い興味を示します。
もちろん都市伝説好きだからとも説明できます。
しかし本作では、サム自身に攻撃性があることも描かれています。
車を傷つけた少年たちを必要以上に殴る場面が代表的です。
普段の冴えない姿とは別に、サムの内部にはかなり激しい暴力性が存在します。
それでも「サム=犬殺し」と断定できない理由
ただし、映画は決定的な証拠を提示していません。
サムが犬を殺す場面はありません。
犬殺しの動機も語られません。
そのため、
サムが犬殺しである可能性を強く示唆しているが、確定はしていない
と考えるのが適切でしょう。
ここでも映画は観客を試しています。
「犯人は誰だ?」
と答えを探している私たち自身が、サムと同じように断片的な証拠を集め、ストーリーを作ろうとしているからです。
犬殺しの謎そのものが、本作のテーマを体験させる装置なのかもしれません。
ホームレスの王はなぜ犬用ビスケットを気にしたのか
終盤、サムは「ホームレスの王」と呼ばれる人物に捕まります。
そこで彼が問題にするのが、サムのポケットから出てきた犬用ビスケットです。
この場面があるため、「サム=犬殺し」説はさらに強くなります。
ホームレスの王は、地上から見えないロサンゼルスの秘密を知っている人物です。
地下通路も知っている。
暗号も知っている。
街の裏側で何が起きているのかも知っている。
そんな人物が、サムの持っている犬用ビスケットに強く反応する。
これは単なる雑談とは考えにくいでしょう。
しかしサムは、かつて交際していた女性の犬を懐かしく思い、ビスケットを持っているのだと涙ながらに説明します。
するとホームレスの王は彼を解放します。
サムの説明が本当だったから助かったのか。
それともホームレスの王は真相を知りながら、あえて見逃したのか。
映画は答えません。
フクロウの女「Owl’s Kiss」の正体とは
もう一つの強烈な存在が、フクロウの仮面をかぶった裸の女性です。
都市伝説を集めていたコミック作者は、「Owl’s Kiss」と呼ばれる殺人者について語ります。
夜、人間の家へ入り込み、眠っている相手を殺す存在です。
最初は典型的な都市伝説のように聞こえます。
ところがコミック作者が死亡したあと、監視カメラを確認すると、本当にフクロウの仮面をかぶった女性が映っています。
つまり少なくとも映画の世界では、都市伝説と現実の境界が崩れています。
フクロウの女は組織の殺し屋なのか
もっとも現実的に考えるなら、フクロウの女は秘密を知りすぎた人物を始末する暗殺者でしょう。
コミック作者は街に隠された秘密を調べていました。
そのため、組織にとって危険な人物になった可能性があります。
同様にサムも真実へ近づきすぎたため、狙われるようになります。
ただし、本作は彼女の所属や目的を説明しません。
ここでも、
「分かりそうなのに、最後の一歩だけ分からない」
状態が残されます。
フクロウが象徴するもの
フクロウは夜に活動し、暗闇の中で周囲を見る動物です。
そのため本作のフクロウの女は、
「見られていることに気づかない人間を、暗闇から見つめる存在」
と考えることもできます。
これはサム自身と重なります。
サムもまた女性を覗いています。
窓。
双眼鏡。
監視カメラ。
雑誌。
映画。
本作には「見る」という行為が繰り返し登場します。
サムは世界を見る側だと思っています。
しかし実際には、彼もまた誰かに見られている。
フクロウの女は、
覗く人間が、逆に覗かれる側へ回る恐怖
を象徴しているのかもしれません。
ソングライターの老人は何者なのか
物語の中盤から後半にかけて登場する、もっとも異様な人物が「ソングライター」です。
豪邸に暮らす老人は、自分こそ長い年月にわたり、大衆文化を裏側から作ってきた存在だと語ります。
サムが愛してきた音楽。
若者たちが自分たちの世代の歌だと思っていた音楽。
反抗や自由の象徴だった音楽。
それらすら、巨大なシステムの中で作られた商品にすぎないと老人は示唆します。
ここでサムは激しく動揺します。
なぜなら、音楽はサムにとって単なる娯楽ではないからです。
自分が何者なのかを形作ってきたものだからです。
カート・コバーンのギターで老人を殺す意味
サムは最終的に、カート・コバーンが使ったものだとされるギターでソングライターを殴り殺します。
非常に象徴的な場面です。
カート・コバーンはサムにとって、商業主義とは反対側に存在する本物の音楽家の象徴だったのでしょう。
ところがソングライターは、
「そんなものすら自分たちが作った」
という世界観を突きつけます。
そこでサムは、自分の信仰を守るように老人を殺します。
しかも使う武器は、その信仰の象徴そのものです。
つまり、
サムは「本物の文化」を守るために、その文化の商品化された遺物を武器として使う
という皮肉な構図になっています。
ソングライターは本当に存在したのか
この場面についても、サムの妄想だと考えることはできます。
豪邸。
秘密の老人。
歴史上の名曲をすべて裏で作っていたという告白。
あまりにも荒唐無稽です。
しかし重要なのは、実在したかどうかより、
サムが文化に対して抱いている不安を形にした人物
として見ることです。
サムが恐れているのは、
「自分が好きだったものには、本当は何の意味もなかったのではないか」
ということです。
自分だけが理解していると思っていた音楽。
自分の人格を形作った映画。
自分が特別だと感じるための文化。
それらが、すべて誰かによって計算された商品だったとしたら。
ソングライターは、そんな恐怖を具現化した人物なのです。
暗号は本当に存在していたのか
本作には大量の暗号が登場します。
音楽。
レコード。
記号。
シリアルの箱。
ゲーム雑誌。
チェスの手順。
地図。
サムはそれらを組み合わせ、最終的に地下墓所へたどり着きます。
つまり劇中では、
暗号そのものは本当に存在しています。
ここが本作のおもしろいところです。
普通なら、
「陰謀論に夢中になっていた主人公が、最後にすべて思い込みだったと気づく」
という物語になりそうです。
しかし本作は逆です。
サムの陰謀論は当たっている。
世界の裏側には、本当に秘密があります。
だからこそ怖い。
陰謀が本当でも「意味」は生まれない
サムは長い時間をかけて暗号を解きます。
普通のミステリー映画なら、ここで主人公は真実を暴き、事件を解決し、何らかの成長を遂げるでしょう。
しかしサムには何も起こりません。
仕事はありません。
家賃は払えません。
サラは戻ってきません。
社会的な成功もありません。
誰かから感謝されることもありません。
世界の秘密を知ったところで、彼の日常は以前のままです。
むしろアパートを追い出されます。
本作が示しているのは、
「秘密があること」と「その秘密が自分にとって重要であること」は別
ということです。
世界には本当に陰謀があるかもしれない。
しかし、それを知ることが人生の答えになるとは限らないのです。
地下施設は何だったのか
サムが最終的にたどり着くのが、富豪たちのために作られた地下墓所です。
そこでは大富豪が三人の女性とともに密閉された空間へ入り、半年ほど豪華な生活を送りながら、「昇天」の瞬間を待ちます。
彼らは肉体的な死を終わりとは考えていません。
地下へ入り、やがて魂が別の世界へ移動すると信じています。
古代の王やファラオのように、自分たちも特別な存在だと考えているのです。
なぜ地下なのか
ロサンゼルスは、映画や音楽によって夢を作り出してきた街です。
地上には豪邸。
プール。
パーティー。
スター。
音楽。
映画。
美しい女性。
華やかなイメージがあふれています。
しかし、その真下には巨大な墓があります。
これは、
華やかな夢によって成り立つロサンゼルスの下には、欲望と死が埋められている
という構図に見えます。
タイトルの「Under」が、ここで文字通りの意味を持ち始めます。
サラはなぜ地下墓所へ入ったのか
最大の疑問は、サラの選択です。
サムは、サラが何者かに誘拐されたと思っています。
だから彼女を探し続けます。
しかし実際には、サラはジェファーソン・セヴンスとともに地下へ入っていました。
通信画面に現れたサラは、取り乱していません。
むしろ現在の状況を受け入れています。
では、サラは自分の意思で地下へ入ったのでしょうか。
映画は完全には説明しません。
少なくともサムが想像していた、
「悪者にさらわれ、救助を待っている美女」
ではありません。
サムはサラを「救いたい」のではなく、物語の主人公になりたかった
ここにはサムの大きな思い込みがあります。
サムとサラが一緒に過ごした時間は、実際にはほとんどありません。
サラ自身も再会したとき、二人がそれほど親しい関係ではなかったことを示します。
しかしサムの中では、
「謎の美女が消え、自分だけが彼女を救える」
という壮大な物語に変わっています。
これは古典的な探偵映画やフィルム・ノワールの構図そのものです。
美しい女性。
失踪。
陰謀。
探偵役の男。
危険な街。
サムは、自分の人生を一本の映画のように見ています。
だからサラは、一人の人間というより、
「主人公が追いかける謎の女」
として扱われているのです。
『百万長者と結婚する方法』が示していた結末
サムがサラの部屋を訪れた夜、二人は古い映画『百万長者と結婚する方法』を観ています。
これは非常に重要な伏線です。
『百万長者と結婚する方法』は、三人の女性が金持ちの男性との結婚を狙う物語です。
そして『アンダー・ザ・シルバーレイク』でも、
一人の富豪と三人の女性
という組み合わせが地下墓所で再現されます。
つまりサムがサラと初めて過ごした時点で、彼女の行き着く場所は画面の中に提示されていたのです。
しかしサムは気づきません。
映画に隠された暗号を必死に探している男が、目の前に置かれたもっとも分かりやすい暗示を見落としている。
この皮肉も本作らしいところです。
サラは本当に幸せだったのか
サラが地下へ入ったことを「完全な自由意思」と断定するのも危険でしょう。
地下墓所は、一度封印されたら外へ出られません。
そこで待っているのは、ほぼ確実な死です。
富豪たちが信じている「昇天」が本当に起こる保証もありません。
さらに地下墓所の説明では、途中で怖くなり、外へ出たがる者がいたことも示唆されます。
つまりサラは、
自分で選んだ。
騙された。
信じ込まされた。
富豪の世界に取り込まれた。
そのすべてが少しずつ含まれている可能性があります。
重要なのは、サムにはそれを決める権利がないということです。
彼はサラを「救われるべき女性」と決めつけました。
しかしサラには、サムの物語とは別の人生があったのです。
ミリセントが水中で見せる姿の意味
大富豪セヴンスの娘ミリセントも、サムの前で死亡します。
撃たれた彼女は水中へ沈みます。
その姿は、サムが大切にしていた古い男性誌の表紙を連想させる構図になっています。
ここでも、現実の女性と「画像としての女性」が重なります。
サムは現実の女性を見るときでさえ、
映画。
雑誌。
広告。
ポップカルチャー。
そうした既存のイメージを通して見ています。
サラもそうです。
ミリセントもそうです。
窓の向こうにいる女性もそうです。
サムは女性を理解しているというより、
自分の中に蓄積された「女性のイメージ」へ現実の女性を当てはめている
のです。
なぜ本作には覗きの場面が多いのか
サムは頻繁に女性を覗きます。
それも偶然ではないでしょう。
本作の主人公は、一貫して「見る側」にいます。
人を見る。
映画を見る。
テレビを見る。
漫画を見る。
雑誌を見る。
地図を見る。
暗号を見る。
監視カメラを見る。
サムは世界を観察し、その裏側を暴こうとします。
しかし他者との本当の関係はほとんど築きません。
つまり彼は、
世界を生きることより、世界を見ることを選んでいる人物
なのです。
これは映画を観ている観客とも重なります。
私たちもスクリーンの外側に座り、登場人物の行動を観察し、
「あれにはどんな意味があるのか」
と考えています。
『アンダー・ザ・シルバーレイク』は、そんな映画鑑賞そのものまで題材にしている作品なのかもしれません。
オウムの言葉は何を意味しているのか
終盤、サムの近所にいるオウムが、何度も同じ言葉のような音を発します。
しかし何を言っているのか分かりません。
サムも気にします。
そして観客も、
「何と言っている?」
「何か暗号なのでは?」
と思います。
ところが答えは与えられません。
これこそ本作を象徴する場面です。
人間は意味不明な音を聞くと、そこに言葉を見つけようとします。
偶然の形を見れば記号だと思う。
数字が並んでいれば暗号だと思う。
何かが繰り返されればメッセージだと思う。
しかし、
すべてのものに解読可能な意味があるとは限りません。
オウムは、本作最大の「解けない暗号」と言えるでしょう。
ラストでサムが立ち退きを眺める意味
映画の最後、サムは自分の部屋にいません。
別の女性の部屋にいます。
そこから、自分の部屋へ大家と保安官が入っていく様子を眺めています。
家賃を滞納していたため、ついに立ち退かされるのです。
世界を揺るがす陰謀を発見した男の結末としては、あまりにも地味です。
しかし、だからこそ重要です。
サムは世界の秘密を解きました。
大富豪たちの墓を見つけました。
暗号を解読しました。
秘密組織の存在を知りました。
それでも、
家賃を払っていないという現実からは逃げられません。
これが本作最大のブラックユーモアです。
壁の「静かにしろ」という記号の意味
サラの部屋に残されていた奇妙な記号は、放浪者が使う記号の一つとして説明されます。
意味は、
「静かにしろ」「秘密を口にするな」
という警告に近いものです。
そしてラストでは、サム自身の部屋にも同じ記号が残されています。
サムは秘密を知りすぎました。
だから組織から警告されたとも考えられます。
しかし別の読み方もできます。
サムは140分近く、世界の中にある「意味」を必死に読み続けました。
最後に世界から返ってくる言葉が、
「もう黙れ」
なのです。
世界に意味を問い続けた男に対する、映画そのものからの返答にも見えます。
ラストでサムが穏やかに見える理由
奇妙なのは、サムが立ち退きをそれほど悲しんでいないことです。
これまでの彼なら、自分の人生の失敗から目を背けるため、新しい謎を探していたかもしれません。
しかし最後のサムは、別の部屋から静かに自宅を眺めています。
世界のすべてを理解しようとすることを、ほんの少しだけ手放したようにも見えます。
仕事もない。
家も失う。
サラもいない。
謎を解いても何も変わらなかった。
それでも世界は続いている。
サムにとって初めて、
「答えがなくても、そのまま存在する現実」
を受け入れる瞬間なのかもしれません。
タイトル『アンダー・ザ・シルバーレイク』の意味
タイトルには複数の意味が重なっています。
1.シルバーレイクの地下
もっとも直接的なのは、街の地下に秘密の施設や墓所が存在することです。
サムは地上の華やかな世界から、その下に隠された構造へ降りていきます。
2.華やかなロサンゼルスの裏側
シルバーレイクには、
若者。
ミュージシャン。
俳優。
映画関係者。
パーティー。
豪邸。
夢を追いかける人々がいます。
しかし、その下には失敗、貧困、搾取、死、欲望が隠れています。
タイトルは、
「夢の街の表面下にあるもの」
を意味しているのでしょう。
3.文化の表面下
サムは音楽、映画、漫画、ゲームの「下」に隠された意味を探します。
つまりUnderとは物理的な地下だけではありません。
表面の下。
作品の下。
記号の下。
歴史の下。
人間の欲望の下。
サムは何かを見るたび、その「下」に別の意味があると考えます。
映画そのものが、タイトル通りの構造を持っているのです。
本当に恐ろしいのは陰謀ではない
『アンダー・ザ・シルバーレイク』には、秘密組織も殺人者も地下墓所も登場します。
しかし本当に恐ろしいのは、そこではないように思えます。
もっとも恐ろしいのは、
世界の真実を知れば、自分の人生にも意味が生まれると思ってしまうこと
です。
サムは外側の世界ばかり解読します。
しかし、自分自身についてはほとんど考えません。
なぜ仕事をしないのか。
なぜ家賃を払わないのか。
なぜ女性を覗くのか。
なぜ暴力を振るうのか。
なぜ昔の恋人を忘れられないのか。
なぜ犬用ビスケットを持っているのか。
世界の秘密より、本来はこちらの方がサムにとって重要な問題です。
しかし彼は、自分の内部に潜る代わりに、シルバーレイクの地下へ潜っていきます。
サムが最後まで解けなかった最大の謎
サムは数多くの謎を解きます。
しかし一つだけ、最後まで解けなかったものがあります。
それは、
自分自身です。
なぜ自分はこの生活をしているのか。
何を失ったのか。
何を求めているのか。
本当にサラを愛していたのか。
なぜ世界にこれほど意味を求めるのか。
その答えは映画の中にはありません。
『アンダー・ザ・シルバーレイク』でもっとも深いところに隠されているのは、秘密結社でも地下墓所でもありません。
サム自身の空虚さなのです。
まとめ|謎を解いても人生の答えにはならない
映画『アンダー・ザ・シルバーレイク』では、サムが疑っていた陰謀の多くは本当に存在していました。
サラは単純に失踪したわけではなく、大富豪ジェファーソン・セヴンスとともに地下墓所へ入っています。
音楽には本当に暗号が隠されていました。
地下通路も存在します。
コミック作者が語ったフクロウの女も監視カメラに姿を見せます。
サムは、世界の表面下に隠された秘密を発見したのです。
それでも彼の人生は救われません。
犬殺しについてはサムを犯人だと疑わせる描写が多数ありますが、映画は最後まで明言していません。
フクロウの女も、秘密組織の暗殺者なのか、都市伝説が現実化した存在なのか確定しません。
オウムが何を言っているのかも分かりません。
すべての謎が解けるわけではないのです。
そして、それこそが本作の答えなのでしょう。
人間は世界に意味を求めます。
映画に意味を求める。
歌に意味を求める。
数字に意味を求める。
偶然に意味を求める。
誰かとの出会いに意味を求める。
そうしなければ、自分が巨大で無関心な世界の中に偶然存在しているだけだという事実に耐えられないからです。
サムは世界の下へ下へと潜り、ついに巨大な秘密へたどり着きました。
しかし、そこにも人生の答えはありませんでした。
だから『アンダー・ザ・シルバーレイク』の本当の謎は、
「犬殺しは誰なのか」
でも、
「秘密組織の正体は何なのか」
でもありません。
なぜ私たちは、そこまでして答えを知りたくなるのか。
映画は最後まで、その問いだけを観客の側へ残して終わるのです。
