2019年に公開された映画『ジョーカー』は、アメコミ原作作品でありながら圧倒的な芸術性と心理描写で世界中を魅了しました。そして2025年、その続編として登場したのが『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』です。
本作では、前作以上に「狂気」そのものがテーマとして前面に出されており、ミュージカル形式という大胆な表現手法も取り入れられています。観客の賛否を分けた本作ですが、表層的な印象を超えてその核心に迫ると、非常に多層的で示唆に富んだ作品であることが見えてきます。
この記事では、映画『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』を以下の5つの視点から深掘りし、批評と考察を行います。
「フォリ・ア・ドゥ(Folie à Deux)」というタイトルの意味と精神医学的背景
タイトルである「フォリ・ア・ドゥ(Folie à Deux)」はフランス語で「二人の狂気」または「共有精神病」を意味し、精神医学の専門用語としても実在します。これは一人の精神疾患がもう一人に伝染し、同様の妄想や幻覚を共有するという状態を指します。
この概念は、主人公アーサー(ジョーカー)と新たな登場人物・ハーリーン(後のハーレイ・クイン)との関係性に強く反映されています。二人がともに妄想と現実の境界を失っていく様は、この精神医学的メタファーを象徴的に描いています。
単なる恋愛関係ではなく、「狂気」という共通言語で結びつく二人。タイトルそのものが、観客にこの映画が“精神の伝染”をテーマとしていることを予告しているのです。
ミュージカル要素と映像表現:意図と評価の分かれ目
今作最大の挑戦は、ミュージカル形式を取り入れたことにあります。歌や踊りを通して登場人物の内面が描かれ、幻想と現実の区別が曖昧になる演出が随所に登場します。
これには賛否が分かれており、「不安定な精神世界を視覚化する試み」として高く評価する声もあれば、「前作のリアリズムを裏切っている」と否定的な見方もあります。
しかし、演出面で注目すべきは、ミュージカルシーンが物語の節目や心理的転換点に配置されている点です。特に、アーサーとハーリーンが精神病棟で“心を重ねる”シーンでのデュエットは、言葉では説明できない精神の共鳴を象徴的に表現しています。
アーサー vs ハーリーン:狂気の共有と主体の境界
前作ではアーサーの孤独と葛藤が描かれましたが、今作ではハーリーンという“他者”の登場により、彼のアイデンティティが揺らぎ始めます。
「自分とは誰か?」という問いが、彼女と過ごすうちに「我々とは誰か?」という問いへと変容していく。この変化こそが、「フォリ・ア・ドゥ=二人の狂気」がもたらす最大の影響です。
二人の関係は単なる共犯関係ではなく、互いの妄想を補強し合うことで、現実を上書きする“共創”のような側面を持ちます。特に、アーサーの“ジョーカー”という人格がハーリーンの存在によって確立されていくプロセスは、非常にスリリングで象徴的です。
ラストとエンディングの象徴性:偶像、継承、裏返しの物語構造
本作のラストシーンは、多くの観客に衝撃と混乱をもたらしました。具体的な描写は控えますが、「誰が本当のジョーカーなのか?」「すべては妄想だったのか?」という問いを残す構成となっています。
特に、前作のクライマックスと似たような状況を“別の視点”で繰り返すことで、観客に「物語の継承」や「狂気の連鎖」というテーマを印象づけています。
また、アーサーがラストで“語り部”としての立場に変化することで、ジョーカーという存在が単なる個人ではなく、社会の鏡としての“寓意”へと昇華されている点も注目に値します。
続編としての評価と賛否:前作との対比と期待とのズレ
前作『ジョーカー』が社会派ドラマとして高く評価されたのに対し、今作はその文脈を裏切るような“様式美”に傾倒しています。この転換に対し、「続編としてふさわしくない」との批判も少なくありません。
しかし、批評的に見ると、『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』は続編として安易に“前作をなぞる”のではなく、真逆の方向性へと舵を切ることで、「狂気とは何か」「現実とは何か」という問いをより深めています。
むしろ、前作のアーサーが社会に“拒絶された男”であったのに対し、本作では“共感者”を得ていくプロセスが描かれることで、狂気が個から集団、そして“文化”に昇華されていくという構造変化が際立って見えるのです。
まとめ|『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』は“続編”ではなく“狂気の進化形”である
『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』は、ただの続編でも、ただの恋愛映画でもありません。狂気と芸術、現実と妄想、個と集団、そのすべてが交錯する“二重奏(デュエット)”として設計された挑戦的な作品です。
観客にとっては難解で不安定な体験かもしれませんが、それこそがこの映画が提示する「狂気」の本質そのものであり、ジョーカーというキャラクターが持つ根源的なテーマに通じています。