※この記事には、映画『ドント・ブリーズ』(2016年)の結末を含む重大なネタバレがあります。本編で描かれる出来事、制作者の発言、それらを踏まえた本記事の解釈を分けて考察します。
目が見えない老人から金を奪う。若者たちにとって、それは簡単な強盗のはずでした。
ところが、家に入り込んだ瞬間から、追う側と追われる側の関係が変わっていきます。逃げ道を探してたどり着いた地下室には、老人が隠し続けてきた秘密がありました。
フェデ・アルバレス監督の『ドント・ブリーズ』は、息をひそめる緊張感とともに、誰に同情すればよいのかという戸惑いを生む映画です。
老人は何を守ろうとしていたのか。ロッキーはなぜ金にこだわったのか。そして、最後のニュースは何を意味するのか。物語の仕掛けをたどりながら、その結末を考察します。
ラストの結論|ロッキーは脱出するが、老人も生きている
ロッキーは老人の家から脱出し、奪った金を持って、妹とデトロイトを離れようとします。しかし、老人は死んでいません。
最後のニュースでは、老人が生存していることが分かります。事件は、老人が二人の強盗を撃退したものとして報じられ、ロッキーの存在や盗まれた金には触れられません。Wikipedia
ここで押さえたいのは、ロッキーが助かったことと、事件の全貌が明らかになったことは別だという点です。
彼女は家から出られました。一方、観客が知っている老人の秘密は、ニュースで語られる事件の姿に含まれていません。
だからこそ、この結末には解放感と不安が同時にあります。
ただし、老人がその後ロッキーを追跡したり、復讐したりする場面は描かれません。生存が確認されたことだけを根拠に、彼女が必ず再び襲われると断定することはできません。
『ドント・ブリーズ』の作品情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 原題 | Don’t Breathe |
| 製作年・国 | 2016年・アメリカ |
| 監督 | フェデ・アルバレス |
| 脚本 | フェデ・アルバレス、ロド・サヤゲス |
| 主な出演者 | ジェーン・レヴィ、スティーヴン・ラング、ディラン・ミネット、ダニエル・ゾヴァット |
| 上映時間 | 約88分 |
作品情報はソニー・ピクチャーズ公式ページを参照しています。www.sonypictures.jp
老人の目的は何だったのか|地下室に隠された秘密
老人の家に監禁されていたのは、シンディという女性です。彼女は、老人の娘が亡くなった交通事故の相手でした。
老人は娘を失ったあと、シンディを閉じ込め、自分の子どもを妊娠させていました。彼が求めていたのは、亡くなった娘に代わる子どもです。
シンディが死亡すると、今度はロッキーに同じ役割を強制しようとします。地下室の秘密は、老人の抵抗が財産を守るためだけのものではなかったと明かすのです。wired.com
娘を失った悲しみが、他人を支配する理由に変わる
娘の死は、老人にとって取り返しのつかない喪失です。しかし、別の女性に子どもを産ませても、その娘が戻ってくるわけではありません。
それでも彼は、自分が失ったものを他人の身体によって埋め合わせようとします。
この発想では、シンディもロッキーも、それぞれの人生を持つ人間として扱われていません。老人が欲しいものを与えるための存在へと押し込められています。
本作の恐ろしさは、老人が自分の行動を正当なものとして説明しようとする点にもあります。
被害を受けた経験があることと、他人を傷つける権利があることは同じではありません。老人はその境界を越えながら、自分の側に正義があると考えているように見えます。
善悪が揺らぐ仕掛け|強盗に入った側を応援してしまう
物語の出発点では、ロッキー、マネー、アレックスの三人が老人の家へ強盗に入ります。
老人から見れば、彼らは生活を脅かす侵入者です。若者たちが危険にさらされたからといって、最初の行動が消えるわけではありません。
ところが、彼らが家から出られなくなると、観客はその呼吸や足音を気にしながら、見つからないことを願い始めます。
この変化は、人物の行動に対する評価と、その人物に生き延びてほしいという感情が、必ずしも一致しないことを示しています。
アルバレス監督はDaily Deadのインタビューで、誰を好きになり、誰を嫌うべきかを観客へ一方的に指定したくないと説明しています。人物が変化していく中で、なお感情的につながれるかに関心があったと語っています。Daily Dead
その発言を踏まえると、本作は単純に悪役と善人の立場を入れ替える映画ではないと考えられます。
ロッキーは強盗に加担しています。それでも、監禁や身体への暴力を受けてよいことにはなりません。老人には被害者としての過去があります。それでも、地下室での行為を正当化する理由にはなりません。
一人の人間が、ある関係では被害者であり、別の関係では加害者である。 本作は、その重なりを観客に見せています。
ロッキーはなぜ金を捨てて逃げないのか
ロッキーが金を求めるのは、幼い妹を連れて、問題のある家庭から離れるためです。強盗に加わる背景には、現在の生活から抜け出したいという切実な願いがあります。www.sonypictures.jp
この動機があるため、彼女にとって金は、ただの贅沢の手段ではありません。妹と新しい生活を始めるための条件です。
しかし、その思いが逃走の判断を難しくします。
金を手放して家から出ても、元の生活へ戻るしかないのではないか。そう考えるロッキーには、目前の危険から逃げることだけを優先できない瞬間があります。
逃げ出すために必要だと思っていた金が、その場から逃げることを妨げてしまうのです。
ここから、彼女の選択を正しいものと結論づけることはできません。むしろ、切実な目的があっても、人は危険な手段や判断を選んでしまうという苦さがあります。
老人の家は、ロッキーが以前から抱えていた行き詰まりを、さらに逃げにくい形にした場所とも読めます。
暗闇の場面が怖い理由|観客には見えても、人物には見えない
老人が明かりを消すと、それまで若者たちが頼っていた視覚が使えなくなります。
家の中を知る老人に対し、彼らは扉や壁までの距離を確かめることさえ難しくなる。身体能力だけでなく、場所への慣れが生死を左右する場面です。
ここで映画は、暗闇をただ真っ黒な画面にするのではなく、人物の輪郭や動きを観客に見せています。
そのため、私たちには老人が近くにいると分かっても、ロッキーたちには分からないという状況が生まれます。
危険が見えない恐怖に、危険を見ているのに知らせられない焦りが加わるのです。
また、呼吸や衣服の擦れる音といった、普段なら気にしないものが、居場所を知らせる可能性を持ち始めます。走ることも、叫ぶことも、すぐには助けになりません。
監督は、長い沈黙が物語の設定から自然に生まれることと、音や音楽を過剰に使わない考え方を説明しています。Daily Dead
観客が思わず息を止めてしまうのは、登場人物が何を恐れているかを理解するだけでなく、その身体の制約を自分でも感じるからでしょう。
警報器で反撃する意味|音を恐れる側から、音を使う側へ
終盤、ロッキーは警報器を作動させ、大きな音で老人を混乱させます。その隙を使って反撃し、家から脱出します。vanityfair.com
ここでは、それまでの行動の条件が変わります。
ロッキーは、自分が音を出せば見つかると思っていました。しかし最後には、音を出すことが反撃の手段になります。
老人の強みだった聴覚が、あらゆる状況で優位を保証するものではないと分かるのです。
これは、老人の家に隠れているだけだったロッキーが、その場所の仕組みを利用する側へ回る場面とも考えられます。
彼女は突然強くなったのではありません。追い詰められた状況の中で、使えるものの意味を変えています。
だからこそ、この反撃には、力任せに相手を上回ったときとは違う解放感があります。
老人はなぜロッキーを告発しないのか
最後のニュースでは、ロッキーは第三の侵入者として語られず、老人は金を盗まれたことも申告していないと分かります。Wikipedia
この沈黙について、映画は老人の内心を明確に説明していません。
もっとも筋の通る解釈の一つは、老人もまた、地下室の秘密を明らかにされたくなかったというものです。
ロッキーが捕まり、家の中で見たことを話せば、老人の行為が調べられるきっかけになります。彼女を追及することが、自分の秘密を守るうえでも不利に働く可能性があるのです。この読み方は、ciatrの考察でも示されています。ciatr.jp
ただし、これは沈黙の理由についての解釈です。老人がすべてを計算していたと確認できる場面はありません。
また、告発しないことを、そのままロッキーへの許しや善意と受け取るのも難しいでしょう。
彼女を追及しないことが、彼自身を守る行動でもあり得るからです。
ニュースは、観客が見た一夜のすべてを伝えない
観客は、家の中で何が起きたかを知っています。しかし、外へ伝わるのは、その出来事の一部です。
ロッキーの脱出を見届けたあとで、私たちは、自分が知っていることと世間に語られることの隔たりに気づきます。
なお、警察が地下室をどのように調べたか、監禁の痕跡がどう扱われたかは詳しく描かれません。ニュースに出ていないという理由だけで、捜査の経緯まで断定することはできません。
本作が結末で見せるのは、少なくともロッキーの耳に届いた報道が、彼女の体験した事件と同じ姿をしていないということです。
冒頭で引きずられる女性は誰か|結末を先に見せたように感じさせる仕掛け
冒頭で道路を引きずられている女性は、ロッキーです。
物語が進むと、その場面につながる出来事が起こります。しかし、そこが彼女の物語の終わりではありません。vanityfair.com
最初の映像を覚えている観客は、ロッキーが家から出られそうになるたび、あの場面へ向かっているのではないかと疑います。
物語の途中を先に見せることで、脱出の可能性に不安を重ねる構成です。
一方、引きずられたあとにも出来事が続くため、冒頭を見て予想した結末は確定しません。
映画は、観客がすでに知っている映像を使いながら、その先にまだ選択の余地を残しています。
初期脚本では、別の結末が検討されていた
CinemaBlendが行った制作者への取材によると、初期脚本では、ロッキーが地下室に捕らわれたままになる、より暗い結末が検討されていました。
脚本家のロド・サヤゲスは、人物への思い入れが深まり、彼女をそのまま閉じ込めて終わらせることへの抵抗が生まれた経緯を説明しています。Cinemablend
これは初期案の話であり、公開版でロッキーが捕らわれ続けているという意味ではありません。
この制作過程を踏まえると、公開版の脱出には、彼女に先へ進む可能性を与える意味があると読めます。
ただし、映画は老人まで消し去って、すべてを解決したわけではありません。ロッキーの再出発を描きながら、あの一夜が残した不安も保っているのです。
おわりに|生き延びても、事件の意味は一つにならない
『ドント・ブリーズ』は、家から脱出できるかどうかをめぐる映画であると同時に、誰の事情を知り、誰の視点に立つかによって、人物の見え方が変わる映画です。
老人には、娘を失った悲しみがあります。ロッキーには、妹と家庭を離れたいという願いがあります。しかし、それぞれの事情を理解することと、その行動を正当化することは別です。
最後にロッキーは、妹とともに先へ進もうとします。
その姿には希望があります。一方で、家の中で起きたことの全貌が報じられたわけではなく、老人も生きています。
ロッキーが何を経験し、何を持ち帰ったのかを知っている観客には、ニュースの短い説明だけでは終えられない一夜が残る。
脱出の安堵にその違和感が重なることが、『ドント・ブリーズ』のラストを忘れにくいものにしているのではないでしょうか。
