「劇場版 鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来」は、ついに最終局面へ突入した“無限城決戦”の幕開けを、劇場ならではのスケールで叩きつけてくる一作です。
ただ、熱量に圧倒される一方で「戦いが同時多発していて整理が追いつかない」「この章の主題は結局何?」と感じた人も多いはず。
本記事では「鬼滅の刃 映画 考察」として、物語を**“3つの決戦+無限城攻略”の3+1構成**で整理しつつ、各戦いが描く“継承”“復讐”“救い”のテーマを掘り下げます。
前半はネタバレ控えめに見どころを、後半はネタバレありで猗窩座戦の核心(なぜ決着が“勝敗”以上に刺さるのか)まで踏み込んで考察していきます。
- 【ネタバレなし】無限城編 第一章「猗窩座再来」のあらすじと見どころ
- 原作のどこからどこまで?三部作の位置づけと「第一章」の範囲
- 物語は“3+1構成”──3つの決戦と無限城攻略パートを整理
- 胡蝶しのぶ vs 童磨:姉の仇討ちと“毒”が示す覚悟
- 我妻善逸 vs 獪岳:雷の呼吸の継承と闇堕ちの理由
- 竈門炭治郎&冨岡義勇 vs 猗窩座:決着のカギは“闘いの哲学”にある
- 猗窩座の過去が刺さる理由──「再来」に込められた皮肉と救い
- 産屋敷耀哉の最終作戦と、産屋敷輝利哉の指揮が意味する“継承”
- 珠世の薬と鬼舞辻無惨の弱点──伏線を時系列で回収
- 無限城の美術・カメラ・音楽:劇場版ならではの“迷宮感”の正体
- 原作との違い・改変ポイント(追加描写/テンポ/回想の扱い)
- ラストシーンと次章への布石:残された上弦と“夜明けまで”のカウントダウン
【ネタバレなし】無限城編 第一章「猗窩座再来」のあらすじと見どころ
本作は、鬼滅の刃の最終局面「無限城決戦」を劇場で描く“第一章”。鬼殺隊が鬼の根城・無限城へ引きずり込まれ、総力戦が始まる――というのが大枠です。
見どころは、いわゆる「章タイトル=主役の敵」だけに寄せ過ぎず、無限城という“地形そのものが敵”な舞台で、同時多発的に戦いが立ち上がる点。映像面でも、ufotable制作らしい立体的な空間演出(落下・転移・距離感の錯覚)が、劇場の没入感と相性抜群です。
原作のどこからどこまで?三部作の位置づけと「第一章」の範囲
まず大前提として、『無限城編』は“三部作”として制作が公式に発表されています。
そして第一章は、テレビアニメ鬼滅の刃 柱稽古編の続きとして、無限城での戦いの“導入〜最初の大きな決着”までを担う章。公式のあらすじ上も「無限城に落とされ、討伐と探索が同時進行する」ことが明記されています。
物語は“3+1構成”──3つの決戦と無限城攻略パートを整理
第一章を理解しやすくするコツは、「3つの決戦」+「無限城攻略(探索・指揮)」の“3+1”で捉えることです。
- 決戦①:胡蝶しのぶ vs 童磨
- 決戦②:我妻善逸 vs 獪岳
- 決戦③:竈門炭治郎&冨岡義勇 vs 猗窩座
ここに並行して走るのが、「誰が、どの情報で、無限城のどこにいる鬼舞辻無惨へ辿り着くか」という攻略パート。戦闘の熱量と、作戦の冷静さが交互に来る構成なので、長尺でも“息継ぎ”ができる作りになっています。
胡蝶しのぶ vs 童磨:姉の仇討ちと“毒”が示す覚悟
※ここから先は、物語の核心に触れるネタバレを含みます。
しのぶの戦いは「勝てる戦力差」をひっくり返す話ではなく、「勝てない前提で、勝ち筋を仕込む」話です。彼女は姉の仇である童磨に毒を打ち込み続けるものの通用せず、敗死して吸収される――しかし、その“吸収”こそが狙いで、体内に溜め込んだ毒が後の決着に繋がります。
ここが刺さるのは、しのぶが“怒り”を燃料にしながらも、最後の最後は「勝つための機能」に自分を変換している点。復讐の感情を否定せず、それでも感情のままに突っ込まない。無限城編の残酷さは、この「人間らしさ」と「作戦の非情さ」が同居するところにあります。
我妻善逸 vs 獪岳:雷の呼吸の継承と闇堕ちの理由
善逸戦のテーマは、ずばり「継承の“選ばれ方”」です。獪岳は善逸の兄弟子で、新たな上弦の陸となって立ちはだかり、善逸は師の無念を背負って戦います。
注目したいのは、善逸が“得意技一本”のイメージを超えて、独自の新たな型「漆ノ型 火雷神」で決着をつける点。
ここで描かれるのは「才能がある/ない」ではなく、怖さを抱えたままでも前へ進める人間が、最後に“自分の型”へ辿り着くという物語。獪岳側の承認欲求(選ばれたい、認められたい)が強いほど、善逸の“静かな覚悟”が際立ちます。
竈門炭治郎&冨岡義勇 vs 猗窩座:決着のカギは“闘いの哲学”にある
猗窩座戦は、肉体のぶつかり合いに見えて、実は“哲学の戦い”です。猗窩座は炭治郎の成長と義勇の強さを称えつつ、かつて炎柱煉獄杏寿郎を倒した過去を踏まえて挑発し、戦いは加速します。
ポイントは二つ。
- 炭治郎の到達点:「闘気を悟らせない境地」へ至り、猗窩座の感知を崩す。
- 猗窩座の“執念”:斬首を克服しようとするが、最終的に人間時代の記憶が戻り、自害を選ぶ。
つまり決着は「力負け」ではなく、「猗窩座自身が、何を“強さ”と勘違いしていたか」に気づくことで訪れる。ここが“再来”の核心です。
猗窩座の過去が刺さる理由──「再来」に込められた皮肉と救い
猗窩座の人間時代(狛治)は、病床の父のために盗みを働き、父の死と追放を経て、慶蔵の道場に拾われ、恋雪と未来を得かける――しかし理不尽に奪われ、破滅へ転がり落ちる人生でした。
ここでタイトルの「再来」が効いてくる。
- 再来①:過去(記憶)の再来=“忘れていた自分”が戻る
- 再来②:弱者の再来=猗窩座が憎み続けた“弱さ”が、実は自分の中にいたと気づく
皮肉なのは、鬼として積み上げた“強さ”が、最後は自分を救わないこと。救いなのは、だからこそ「自分で終わらせる」という選択だけが、彼に残った“人間性”として立ち上がることです。
産屋敷耀哉の最終作戦と、産屋敷輝利哉の指揮が意味する“継承”
無限城編は、前線の剣士だけでなく「司令部の戦い」でもあります。第97代当主産屋敷耀哉は無惨を道連れに妻子とともに自爆し、その後を継いだ長男・第98代当主産屋敷輝利哉が全体指揮を執る。
ここが象徴的なのは、鬼殺隊の“継承”が血筋だけでなく、責任のバトンとして描かれる点です。耀哉の死は美談ではなく、勝つための残酷な選択。その残酷さを引き受けて指揮を続ける輝利哉の姿が、無限城決戦を「個人の復讐」から「共同体の戦争」へ引き上げています。
珠世の薬と鬼舞辻無惨の弱点──伏線を時系列で回収
物語の“科学サイド”を担うのが、鬼でありながら無惨を倒すために動く珠世と、彼女に付き従う愈史郎です。珠世は炭治郎と協力し、鬼を人間に戻す薬の研究を進め、最終局面では無惨への罠にも関与し、取り込まれて死亡する一方で“薬”が討伐に大きく寄与します。
第一章の範囲でも、愈史郎の血鬼術による“情報共有”が攻略の要になります。鎹鴉と視覚を共有しながら無限城内の無惨の位置を探す、という説明が公式あらすじとして提示されています。
要するに無惨の弱点は「日輪刀で斬る」だけじゃない。情報・薬・時間稼ぎ――人間側が積み上げた“現実的な勝ち筋”の集合体として描かれるのが、無限城編の面白さです。
無限城の美術・カメラ・音楽:劇場版ならではの“迷宮感”の正体
スタッフ面で押さえておきたいのは、監督外崎春雄、音楽は椎名豪×梶浦由記、主題歌はAimerとLiSAという布陣。
無限城の“迷宮感”って、実は背景美術だけじゃなく、
- どこまでが床で、どこからが壁か分からない「重力の錯乱」
- カットごとに距離感が書き換わる「視点の転移」
- 音楽が“感情”ではなく“空間”を語る瞬間(低音・残響の使い方)
この3つの合わせ技で生まれます。トレーラーやCM類でも“空間そのものが襲ってくる”感覚が前面に出ています。
原作との違い・改変ポイント(追加描写/テンポ/回想の扱い)
改変は「別物にする」方向ではなく、“理解と没入の補助”として効かせるタイプが多い印象です(※以下は鑑賞者の指摘としてよく挙がる点)。
- 追加描写:例として、戦いへ向かう心情を補強するシーンの追加が話題。
- 取捨選択:回想や台詞の一部を整理し、バトルの推進力を優先したという見立てもあります。
- 長尺の使い方:第一章は155分とされ、3つの決戦を同居させるため、テンポ設計そのものが“編集”になっている。
ここで大事なのは、改変点を「原作に忠実か否か」で裁くより、無限城=同時多発戦を2時間半で迷子にさせず届けるための整理として見ること。そう捉えると、足し引きの意図が読みやすくなります。
ラストシーンと次章への布石:残された上弦と“夜明けまで”のカウントダウン
第一章は、無限城に落とされた鬼殺隊がそれぞれの戦いに入り、探索と指揮のラインも走り続ける――という「決戦の開幕」を完了させる章です。
そして忘れちゃいけないのが、これは“三部作”の第一章だということ。
ラストは「勝った/負けた」よりも、“まだ終わっていない”のに、確実に夜明けへ近づいているというカウントダウンの感覚を残すはず。次章では、残る上弦や無限城の支配構造そのものが、より前面に出てくる――そんな布石として受け取ると、第一章のラストの余韻がグッと重くなります。
