夫婦もの×タイムトラベル──と聞くと、なんとなくオチの想像がつきそうですが、『ファーストキス 1ST KISS』は一筋縄ではいかない作品でした。
結婚15年目、すっかり冷え切った夫婦の“その先”に、坂元裕二の脚本と塚原あゆ子の演出が、甘さと苦さと残酷さを全部のせで運んでくる感じ。
この記事では、ネタバレなしのあらすじ→物語の全体像→タイムリープのルールやラストの意味の考察という流れで、『ファーストキス』を掘り下げていきます。
途中からはガッツリ結末に触れるので、未見の方は「ネタバレなし」の章まで読んでから劇場に向かうのがおすすめです。
- ファーストキス 映画『1ST KISS』の基本情報と作品概要
- ネタバレなしで押さえる『ファーストキス 1ST KISS』のあらすじ
- ネタバレあり|タイムトラベルで夫を救おうとする物語の全体像
- 映画『ファーストキス』考察①:タイムリープのルールと“ブロック宇宙論”的な時間設定
- 映画『ファーストキス』考察②:カンナと駈のすれ違いが映す「結婚15年」のリアル
- 映画『ファーストキス』考察③:「離婚」を軽く扱う2人と、関係が「無」になっていく怖さ
- 映画『ファーストキス』考察④:ラストシーンと改変後の未来は何を意味しているのか
- 映画『ファーストキス』考察⑤:恐竜博物館・トンネルの事故・ポストイット──象徴的なシーンの解釈
- 映画『ファーストキス』考察⑥:柿ピー・靴下・冷凍餃子……日常の小道具に宿るメッセージ
- タイトル「ファーストキス」が指すものとは?“最初の一日”とやり直しの不可能性
- 『ファーストキス 1ST KISS』はどんな人に刺さる映画か|感想・評価とおすすめポイント
ファーストキス 映画『1ST KISS』の基本情報と作品概要
『ファーストキス 1ST KISS』は、2025年2月7日公開の日本映画。脚本は『東京ラブストーリー』『花束みたいな恋をした』『怪物』などで知られる坂元裕二、監督は『わたしの幸せな結婚』『ラストマイル』の塚原あゆ子という強力タッグです。
物語の主人公は、美術スタッフとして働く硯カンナ(松たか子)。夫は研究者志望だったものの諸事情で夢を諦めた硯駈(松村北斗)。他にも、駈の指導教員・天馬市郎(リリー・フランキー)、その娘で駈に想いを寄せる里津(吉岡里帆)、カンナの同僚・杏里(森七菜)など、坂元作品らしいクセのある面々が脇を固めます。
設定は分かりやすく言えば**「事故で亡くなった夫を救うため、妻が15年前にタイムトラベルする」**というSFラブストーリー。しかし本作の肝は、「どうやって事故を防ぐか」よりも、
- 冷え切った夫婦が
- 時間をさかのぼり
- 初めて“きちんと話し合う”
そこにあります。タイムトラベルはあくまで、夫婦の感情をあぶり出すための装置として使われている印象です。
ネタバレなしで押さえる『ファーストキス 1ST KISS』のあらすじ
ここでは予告編レベル+冒頭部までに留めておきます。
結婚15年目のカンナと駈は、長い倦怠期の末にほとんど会話もなく、離婚話まで出るような状態。そんな中、駈が突然の事故で亡くなってしまいます。冷めた関係のまま別れを迎えてしまったカンナは、「このまま第二の人生を歩むしかないのか」と、どこか現実から浮いた日々を過ごしています。
ところが、ある“とある出来事”をきっかけに、カンナは15年前の夏へとタイムトラベルしてしまう。そこにいたのは、まだ夫になる前の29歳の駈。つまり、二人が出会う直前の駈です。
若き日の駈と再び出会ったカンナは、忘れていたときめきや、彼の不器用な優しさを思い出し、改めて「やっぱり自分は駈が好きだ」と気づきます。
そして決意するのが、
「15年後に起こる事故から駈を救おう」
というミッション。ここからカンナの“やり直し”の物語が始まっていきます。
この段階ではまだ、タイムトラベルの仕組みも、未来がどこまで変えられるのかも分かりません。ただ観客は、「夫を救いたい妻」という感情にまず乗っかっていくことになります。
※ここから先は結末まで触れるので、未見の方は要注意です。
ネタバレあり|タイムトラベルで夫を救おうとする物語の全体像
タイムトラベルのたびに、カンナは**現在(夫が死亡した世界)と過去(出会う前後の夏)**を行き来します。焦げた餃子がトリガーになるという、どこか日常的で笑えるきっかけも坂元作品らしいところ。
最初のタイムリープでは、「夫婦になったあとも仲良くいられるように今度こそうまくやりたい」という、半分ロマンチックな願いから動いているカンナ。しかし何度かやり直すうちに、彼女は残酷な事実にぶつかります。
- 大きな運命(駈の事故死)は、どうやっても変えられない
- 変えられるのは、そこに至るまでの“過程”だけ
だとしたら、駈を救う唯一の方法は「自分とは出会わせないことではないか」。
ここでカンナは、駈をあえてひどく振り、教授の娘・里津ルートに乗せようとする、“自己犠牲のタイムリープ”に踏み込みます。
しかし、そうやって未来を書き換えようとしても、駈は結局事故に向かってしまう。
最後の時間軸では、駈のほうが未来の出来事を知る側に回り、自分がどうなるかを理解した上で「それでもカンナと生きる道」を選ぶ──物語の主体が、カンナから駈へと移っていく構造が、本作の大きな特徴です。
映画『ファーストキス』考察①:タイムリープのルールと“ブロック宇宙論”的な時間設定
この作品のタイムリープは、いわゆる「何度もやり直せばどこかでバッドエンドを回避できる」タイプではありません。ネット上の考察でも指摘されていますが、大きな出来事は固定されており、細部だけが変わるという、かなり“ブロック宇宙論”に近い設計になっています。
ポイントを整理すると、こんな感じ。
- カンナは複数回、同じ15年前の夏に戻る
- 過去での行動は、現在の自分の記憶に積み重なっていく(リセットではない)
- それでも「駈が事故に遭う」という結果だけは変えられない
つまり、一本の時間の川があって、カンナはその川の中を行ったり来たりしているだけで、川そのものの流れは変えられないイメージです。
この設計にすることで、物語の焦点は「どうやって事故を防ぐか」ではなく、
- 変えられない運命の中で
- どうやって相手の人生を尊重し、自分の気持ちと折り合いをつけるか
へとシフトしていきます。タイムパラドクスのロジックを詰めるというより、「時間旅行をしても、人の心はそんなに器用に割り切れない」という、感情のリアリティを優先した作りになっている、と感じました。
映画『ファーストキス』考察②:カンナと駈のすれ違いが映す「結婚15年」のリアル
現在パートのカンナと駈は、ほとんど会話もなく、「離婚する・しない」をめぐって冷たいキャッチボールを続けるだけの関係です。
ただし映画は、彼らを“ダメ夫婦”として断罪しません。むしろ、長く一緒にいるからこそ抱えてしまう苛立ちや諦めを、かなり具体的に描きます。
- 駈が夢だった研究者の道を諦め、会社員になっていること
- カンナは生活のために仕事を続けつつも、夫への不満を飲み込み続けてきたこと
- その積み重ねが、「もう何を言っても通じない」という絶望感につながっていること
15年前の駈のキラキラした姿を知っているカンナにとって、「今の駈」はどこか妥協の産物のように見えてしまう。一方の駈も、カンナの苛立ちの裏にある「期待」をもう受け止めきれず、早く楽になりたいと思っている節がある。
タイムリープを通じて、カンナは「自分がどこで駈の夢を折ってしまったのか」「どの瞬間から、二人が“夫婦っぽさ”だけを残して中身を失っていったのか」を、再確認させられることになります。
結婚生活の“劣化”が、単なる浮気や暴力ではなく、小さなすれ違いの積み重ねとして描かれているところに、妙な生々しさがありました。
映画『ファーストキス』考察③:「離婚」を軽く扱う2人と、関係が「無」になっていく怖さ
現在のカンナと駈は、「離婚しようか」「別れようか」と、どこか冗談めかして言い合います。ここがまず怖い。
感情的に怒鳴り合っているうちは、まだ相手に期待している証拠ですが、彼らの場合はもう怒るエネルギーすら残っていない。離婚という言葉が、単なる日常会話の一部になってしまっているのです。
タイムリープ後のカンナは、「あのとき本当は離婚したくなかった」「死なないでほしかった」と言葉にできるようになりますが、それは一度相手を失ったからこそ言えることでもあります。
現実には、多くの夫婦が別れも死別も経験しないまま、「本音を言わない」状態でなんとなく年月だけを重ねていく。
本作が突きつけてくるのは、
関係が壊れることよりも、
関係が“無”になっていくことのほうが怖い
という感覚かもしれません。
タイムトラベルという大きなギミックを使いながら、くどいほど地に足のついた夫婦の問題に回帰していくのが、この映画のイヤらしくも素晴らしいところです。
映画『ファーストキス』考察④:ラストシーンと改変後の未来は何を意味しているのか
ラストでは、カンナは駈の事故死の事実を知らないが、駈は自分の最期を知っているという、ねじれた状態で現在に戻ってきます。
つまり最終世界線では、
- カンナ:ただ「なんとなくうまくいっていない夫婦」として現在を生きている
- 駈:過去のカンナがタイムリープしていたこと、そして自分が死ぬ運命を理解したうえで、妻と向き合う決意をしている
という構図です。
この結末には賛否がありますが、個人的には、
- 「運命は変えられなくても、誰かのために選び直すことはできる」
- 「死に向かう時間すらも、“一緒に生きる”と決めた人にとっては、ちゃんと人生になる」
というメッセージが込められているように感じました。
また、ラスト付近で届く**「3年待ちの冷凍餃子」**は、まさにその象徴。冒頭ではただの冷凍食品だったものが、ラストでは駈からカンナへの“時間をまたぐ贈り物”として立ち上がってくる。観客の中で餃子の意味が変化することで、「たとえ結果は同じでも、そこに至る記憶は変えられるんだ」という余韻を残していきます。
映画『ファーストキス』考察⑤:恐竜博物館・トンネルの事故・ポストイット──象徴的なシーンの解釈
恐竜博物館と「ごめん」
もっとも議論を呼んでいるのが、恐竜博物館でカンナが「ごめん」と呟くシーン。
- 里津と結婚して研究者として生きる駈を見て、「自分と結びつけなければ生きていられたのに」と謝っている
- あるいは、結局その未来も選べず「あなたを傷つけた上に救えなくてごめん」と言っている
など、複数の解釈が可能な演出になっています。
どちらの読みを採るにしても、あの「ごめん」は、
- 過去の駈に対して
- 自分の選択に対して
- そして、変えられない世界そのものに対して
三重の謝罪になっているように見えます。
トンネルの事故
トンネルの事故は、物語全体の“宿命”の象徴です。
カンナがどれだけ過去をいじっても、最終的に駈はあのトンネルに吸い寄せられるように向かってしまう。
観客から見れば、「なんでその道を通るんだよ!」とツッコミたくなるポイントですが、それこそが運命を変えようとする物語のジレンマでもあります。
ポストイットのメモ
カンナの部屋に貼られたポストイットは、彼女が「未来を忘れないため」に書き留めた備忘録であると同時に、観客にとっての“タイムラインの可視化”にもなっています。
ぐちゃぐちゃに増えていくメモは、タイムリープの回数だけでなく、カンナの後悔と執着の積層を示しているようでした。
映画『ファーストキス』考察⑥:柿ピー・靴下・冷凍餃子……日常の小道具に宿るメッセージ
坂元作品といえば「食べ物」と「小道具」。『ファーストキス』でも、いくつか印象的なアイテムが登場します。
柿ピー
カンナは柿の種派、駈はピーナッツ派。
正反対の好みを持つ二人が、一袋を分け合うことでちょうどよくなる──というシーンは、「違うからこそ補い合える」関係のビジュアルになっています。
しかし現在パートでは、その“補い合い”が機能しなくなっている。
柿ピーが象徴するのは、本来は相性が良いはずの二人が、コミュニケーション不全によってうまくかみ合わなくなった姿でもあります。
靴下
片方だけ行方不明になる靴下は、劇中で語られる「恋愛感情と靴下の片方は、そのうちなくなる」というセリフと重ねられます。
これもまた、
- 恋のときめきはいつか薄れる
- でも、それでも一緒に暮らしていることに意味を見出せるか
という問いかけとして機能している小道具です。
冷凍餃子
焦がしてしまった餃子がタイムリープのトリガーになり、ラストでは“3年待ちの冷凍餃子”が届く──という構造は、時間をまたいだメッセージそのもの。
最初はただの手抜きご飯だった餃子が、映画が進むにつれて「駈からの遺言」「二人が共有してきた時間の象徴」へと意味を変えていきます。
日常のささいなモノたちが、観客の中でどんどん重みを増していく感じが、本作の余韻を決定づけていました。
タイトル「ファーストキス」が指すものとは?“最初の一日”とやり直しの不可能性
タイトルだけ聞くと、ティーン向けの初恋映画のようですが、本作はむしろ**「何度もやり直しても変えられない一日」**の物語です。
カンナと駈にとっての“ファーストキス”は、
- 単なる最初のキスではなく、
- 二人が初めて本音で向き合えた瞬間
- そして、そこに至るまでの15年間すべてを抱えたキス
として描かれます。
タイムリープものだと、「何度でもやり直せる」ことが救いとして提示されがちですが、この映画は逆に、
どれだけ時間をさかのぼっても、
そのときの自分が感じたことは、もう別の誰かには置き換えられない
という、やり直しの“不可能性”を見せてきます。
だからこそ、ラストで描かれる“新しい現在”は、単なるハッピーエンドではなく、後戻りできない時間を抱えたまま、それでも前を向く二人の姿として胸に残るのだと思います。
『ファーストキス 1ST KISS』はどんな人に刺さる映画か|感想・評価とおすすめポイント
公開後のレビューでは、映画.comで4.0前後、MOVIE WALKER PRESSでは4.5前後と、かなり高い評価を集めています(執筆時点)。
実際に観てみて、「刺さる人」はだいたいこんなタイプだと感じました。
- 結婚生活が5年以上続いている人
- 良くも悪くも、あの倦怠感と諦めの空気に心当たりがあるはず。
- 坂元裕二作品が好きな人
- 会話のテンポ、小道具の使い方、セリフの“グサッとくる一行”は期待どおり。
- タイムトラベルものが好きだけれど、ロジックより感情を味わいたい人
- パラドクスの整合性より、「この選択をした人はどう感じるか」に重心が置かれています。
逆に、
- ガチガチにロジックを詰めたSFを期待していくと、「そこは説明してよ!」とモヤモヤするかもしれません。
個人的には、
「もし今隣にいる人が、15年前の“あの頃の顔”で振り向いたら、自分は何を話すだろう?」
と考えさせられる映画でした。
過去は変えられない。でも、これからの会話の仕方なら、今この瞬間から変えられる。
『ファーストキス 1ST KISS』は、そんなささやかな決意を、じわっと胸に残してくれる一本だと思います。

