映画ファンの間で密かに話題となっているホラー作品『スペル(Spell)』。
一見B級的な印象を受けがちなこの作品ですが、蓋を開けてみれば呪術や身体的恐怖、そして独特の閉塞感に満ちた、非常に密度の濃いホラー映画です。
ただし注意したいのは、「スペル」と呼ばれる作品が複数存在している点。特に2009年公開のサム・ライミ監督作『ドラッグ・ミー・トゥ・ヘル』も日本では「スペル」として紹介されることがあり、混乱を招いています。
本記事では、主に2020年公開の『スペル(Spell)』を中心に取り上げつつ、混同されやすい作品の違い、物語の構造、恐怖の演出、そして結末への考察を展開していきます。
二つの「スペル」を整理する:混同される作品の違いを明確に
まず最初に確認しておきたいのは、「スペル」というタイトルの映画が複数存在していることです。
この点を明確にしておかないと、レビューや批評を読んでも「内容が違う」と混乱してしまう可能性があります。
- 『Spell』(2020年)
- 監督:マーク・トンデライ
- 主演:オマー・ハードウィック
- あらすじ:飛行機事故でアパラチア山脈の村に墜落した主人公マーキスが、村の老女によって監禁される中、ブードゥー的呪術と対峙していく
- 特徴:現代アメリカに根付くフォークホラー要素とアフリカ系文化の融合
- 『ドラッグ・ミー・トゥ・ヘル』(2009年)
- 監督:サム・ライミ
- あらすじ:呪いをかけられた女性が、悪霊に取り憑かれ地獄へ引きずり込まれる恐怖を描く
- 特徴:ユーモアと恐怖が同居するテンポの良いホラー演出
タイトルだけでは判断しにくい両作ですが、描かれる恐怖や文化背景、演出スタイルは全く異なります。
呪術と監禁:『Spell』(2020)のホラー構造を読み解く
『スペル(2020)』は、現代アメリカの片隅にある“異世界”のような村を舞台に、古来からの呪術文化が色濃く描かれています。
主人公マーキスは、自家用飛行機の墜落後、見知らぬ老女ミス・エロイーズの家で目を覚まします。見た目は世話好きな老婦人ですが、実際には呪術に精通し、マーキスを逃がさぬよう監禁します。
この設定により、本作は以下のようなホラー構造を持っています:
- 監禁+呪術=動けない恐怖
主人公は物理的に自由を奪われ、加えて精神的にも呪術によって追い詰められていく。 - 村全体の共犯性
閉ざされた村の住人たちはミス・エロイーズに協力的であり、「どこに逃げても見張られている」圧倒的な孤立感が漂う。 - 呪術アイテム「ブギティ」
人形に呪術をかけることで、主人公の肉体に直接影響を及ぼすという恐ろしい仕組み。
このように、呪術が“説明不能な恐怖”として作用し、視聴者にじわじわと不安を植え付けます。
身体性と痛覚:観る者を痛覚で襲うグロ演出の恐怖
『スペル』の恐怖は、視覚的ショックだけではなく、“痛み”を伴う描写で観る者の身体感覚に訴えかけます。
- 足裏に打ち込まれる釘
主人公が自由を奪われた状態で足裏に打ち込まれる釘のシーンは、視覚以上に痛覚を刺激する名シーン。 - 自らの身体に起きる異変
ブギティによって発現する痛みや怪我は、まるでマーキスが「外から操られている」かのような恐怖を引き起こします。
これらの演出は、ジャンプスケアとは異なる“じわじわとした不快感”を伴いながら、観客に「もし自分だったら…」と想像させる恐怖を与えています。
恐怖と笑いの境界線:ユーモアを交えたホラー演出の効果
サム・ライミ監督による2009年の『ドラッグ・ミー・トゥ・ヘル』も、「スペル」として扱われがちなため併記しておきます。
この作品は恐怖と同時に、どこか“笑い”を誘うような演出が特徴です。
- おぞましいが笑える演出
大量の虫が顔に飛び込んできたり、老婆が不自然に強かったりと、あえて過剰にすることで笑ってしまうような演出が目立ちます。 - テンポの良さとシュールな間
恐怖が続く中にも笑える“間”が挿入され、観客の緊張と緩和が繰り返される。
このような演出が、恐怖映画でありながらも「カルト的な魅力」を放つ要因になっており、ジャンルとしての幅広さを感じさせてくれます。
結末の余韻と評価:観客が感じた「カタルシス」と「物足りなさ」
『スペル(2020)』のクライマックスでは、主人公が呪術に抗いながら脱出を試み、最終的に反撃に転じます。
しかしながら、この結末に対する評価は分かれています。
- 「カタルシスを感じた」という声
マーキスが知恵と勇気で立ち向かい、支配構造を打破していく様子にスッキリしたという意見。 - 「あっさり終わりすぎ」という批判
盛り上がったわりにラストが急ぎ足で、やや拍子抜けだったという指摘も。
物語の伏線やテーマが十分に活かされたかどうかについても意見が割れており、まさに「語り合う楽しみ」が残る作品となっています。
まとめ:『スペル』が投げかける恐怖とは何か?
『スペル(2020)』は、ブードゥーやフォークホラーの要素を現代的に再構成し、“身体的恐怖”を軸にした新しいタイプのホラー映画です。
物理的な閉鎖空間と精神的な呪縛が巧妙に組み合わさり、視聴者をじわじわと追い詰めていく手法は、まさに正統派ホラーの系譜に連なるものといえます。
また、比較されがちな『ドラッグ・ミー・トゥ・ヘル』との違いを知ることで、ホラーの多様性や演出の妙にも目が向くことでしょう。
Key Takeaway
『スペル』は、ただ怖いだけの映画ではなく、“痛み”や“文化的背景”をも含んだ深い恐怖体験を提供するホラー作品である。
その独特な演出とテーマ性は、考察と批評に耐えるだけの価値を持っている。