映画『アビゲイル』ネタバレ考察|父親の正体は?ジョーイが助かった理由とラストの意味

※この記事には、映画『アビゲイル』(2024年)の結末を含む重大なネタバレがあります。作中で描かれる出来事と、それらを踏まえた本記事の解釈を分けて考察します。

少女を誘拐し、屋敷で一晩だけ見張る。それだけで、大金が手に入るはずだった。

ところが、少女の正体は吸血鬼。人質を閉じ込めたつもりの誘拐犯たちは、自分たちが逃げられない場所へ誘い込まれていたと知ります。

『アビゲイル』には、この逆転に加えて、最後まで見方を変えさせる展開があります。なぜジョーイは助かったのか。最後に現れる父親は何者なのか。そして、少女と誘拐犯が交わす指切りには、どんな意味があるのでしょうか。

この記事では、誘拐計画の真相、吸血鬼のルール、父親ラザールの正体を整理しながら、ジョーイとアビゲイルの関係がラストへどうつながるのかを読み解きます。

結末の結論|ジョーイは、アビゲイルと助け合ったことで生き残る

結末では、ジョーイとアビゲイルが協力して、吸血鬼になったフランクを倒します。アビゲイルはジョーイを解放しようとしますが、そこへ父親ラザールが現れ、再び彼女の命が危険にさらされます。

このとき、ジョーイをかばったのがアビゲイルです。父親がそばにいなかったときに、ジョーイは自分を助けてくれた。そのことを訴え、父親に彼女を見逃させます。

ジョーイは、誘拐犯六人のうち、唯一生きて屋敷を出ます。syfy.com

ここから考えられるのは、ジョーイが助かった理由には、フランクを倒したことと、アビゲイルに守る価値のある相手として認められたことの両方があるということです。

二人は、最初から信頼し合っていたわけではありません。むしろ、誘拐と欺きから始まった関係です。それでも、最後には互いの命を助ける。その変化が、結末を理解するうえで大切になります。

『アビゲイル』の作品情報

項目内容
原題Abigail
製作年2024年
日本公開日2024年9月13日
監督マット・ベティネッリ=オルピン、タイラー・ジレット
脚本スティーブン・シールズ、ガイ・ビューシック
主な出演者メリッサ・バレラ、アリーシャ・ウィアー、ダン・スティーブンス、キャスリン・ニュートン、ジャンカルロ・エスポジート
上映時間109分
日本配給東宝東和
映倫区分R15+

公開情報は東宝東和の公式発表、スタッフ・キャストなどは映画.comの作品情報を参照しています。tohotowa.co.jp

アビゲイルの正体と、誘拐計画の本当の目的

アビゲイルは、十二歳ほどの少女に見える、何世紀も生きてきた吸血鬼です。父親ラザールのもとで敵を葬る存在でもあり、恐れられている殺し屋「バルデズ」の正体は彼女でした。

つまり、六人が偶然、危険な少女を誘拐してしまったわけではありません。

誘拐計画そのものが、ラザール側に損害を与えた者たちを集める罠でした。彼らは報酬のために少女を見張っているつもりでしたが、実際にはアビゲイルに狩られる側として選ばれていたのです。

指示役ランバートも、この仕組みに関わる吸血鬼です。彼が示した仕事の条件や、屋敷に集められた経緯は、犯罪者たちを安心させて罠へ入れるためのものでした。en.wikipedia.org

この種明かしによって、序盤の意味が変わります。

六人は少女の顔を知っていても、彼女が何者かは知らない。一方、少女は自分を囲んでいる大人たちについて知っている。見た目では誘拐犯が優位に立っている場面でも、情報を握っているのはアビゲイルだったのです。

大人たちが少女を弱い存在だと判断してしまうことも、この罠を成立させています。彼らは相手を見張っていながら、自分たちも見られていることに気づけません。

ジョーイが助かった理由|少女の孤独に気づき、約束を行動に変えた

ジョーイの生存を、ただ「優しかったから」とまとめると、物語の途中で起きた変化が見えにくくなります。

彼女も誘拐に加担した一人です。善意だけでこの屋敷へ来たわけではなく、金を必要とし、自分の生活を立て直そうとしていました。

それでも、アビゲイルとの関わり方には、ほかの人物と異なる部分があります。

少女を世話する時間が、二人の接点になる

ジョーイは、監禁したアビゲイルの世話をする役割を担います。相手が子どもだと知ったことで、仕事に対するためらいも生まれます。

彼女自身にも息子がいて、薬物依存によって親子関係を傷つけてしまった過去があります。そのため、少女を見ているとき、ジョーイは自分が離れてしまった子どものことも意識していると考えられます。

ただし、彼女の感情に揺らぎがあったとしても、誘拐の責任が消えるわけではありません。その不完全さを抱えているからこそ、後半で誰かを守る選択をすることに重みが生まれます。

演技の中に含まれていた、本当の寂しさを読み取る

アビゲイルが怯える少女を演じていたと分かると、それまでの会話もすべて嘘だったように見えます。

しかし、ジョーイは、父親から愛されていないと感じる寂しさまで、作り話だったとは受け取りません。父親のために敵を殺しても、それによって望む愛情が得られるとは限らない。その痛みを指摘します。

ここでジョーイが見ているのは、少女の外見だけでも、吸血鬼としての能力だけでもありません。相手が何を欲しがり、何に傷ついているのかです。

相手の正体を知ったあとも、会話のすべてを切り捨てなかった。その姿勢が、二人の間に残るつながりを説明しているように思えます。

危険の中で、互いを助ける関係になる

フランクとの戦いでは、アビゲイルにも助けが必要になります。ジョーイは、これまで自分たちを襲っていた相手と協力する決断をします。

もちろん、そこには生き延びるための判断もあります。それでも、協力して危険を乗り越えたことが、その後のアビゲイルの選択につながります。

自分の命を守るために他者へ手を伸ばしたことが、今度は他者に命を守られることへつながる。ジョーイの生存には、こうした関係の積み重ねがあります。

指切りの約束が持つ意味|同じ仕草が、異なる関係を映す

序盤、ジョーイはアビゲイルを傷つけさせないという約束を、指切りによって示します。

ただ、その約束をする側も、少女を誘拐した集団の一員です。守ると言う相手を、自分たちが危険な場所へ連れてきている。最初の指切りには、その矛盾が含まれています。

終盤、今度はアビゲイルが小指を差し出し、協力を求めます。ジョーイが信じるべき相手を選ぶ場面で、序盤と同じ仕草が戻ってくるのです。

この繰り返しによって、二人の距離の変化が、長い説明をせずに伝わります。

最初は、誘拐犯と人質という役割の中で交わされた約束でした。最後には、互いに助けが必要な者同士として、その約束を確かめ直します。

さらに、アビゲイルは父親が現れたあともジョーイをかばいます。協力が終わった瞬間に約束を捨てることもできたのに、彼女はその後も相手を守ろうとする。

指切りは、二人が言葉を交わした証拠であると同時に、その言葉を行動へ変えられるかを問う仕草になっています。

父親ラザールの正体は?ドラキュラとの関係をどう考えるか

最後に現れる父親は、マシュー・グードが演じるクリストフ・ラザールです。裏社会で恐れられる人物であり、彼自身も吸血鬼です。

彼が長い年月の中で複数の名前を名乗ってきたことを示すため、ドラキュラを連想する余地があります。しかし、完成した映画では、父親がドラキュラ本人だとは明言されません。

本編で確認できるのは、現在ラザールと呼ばれる、長く生きてきた強大な吸血鬼であるというところまでです。ドラキュラとの同一性は、その描写から導かれる解釈として扱うのが適切でしょう。

父親の登場とドラキュラを示唆する描写については、Entertainment Weeklyの記事でも紹介されています。ew.com

父親が最後に現れることで、アビゲイルの立場が変わる

屋敷の中で、アビゲイルは大人たちを圧倒する存在でした。ところが父親を前にすると、愛情を求めてきた娘としての立場が見えてきます。

長く生き、恐ろしい力を持っていても、父親との関係が満たされているとは限らない。父親の登場は、そのことを短い場面で示します。

そのうえでアビゲイルは、ジョーイを守るために父親へ意見を伝えます。父親の望みに応えて認められようとするだけだった関係に、自分の望みを持ち込むのです。

ただし、この一度のやり取りで親子の問題がすべて解決したとはいえません。映画が描いているのは、アビゲイルが自分の意思で誰かをかばい、父親がその要求を受け入れた瞬間です。

フランクはなぜ最後の敵になるのか|力を得たあとの選択

フランクは、ランバートによって吸血鬼になります。その後は、自分を変えたランバートまで殺し、アビゲイルとジョーイを脅かす存在になります。

この展開を、吸血鬼になったことで人格が突然変わったとだけ捉える必要はないでしょう。彼には人間だった頃から、他者を威圧し、主導権を握ろうとする態度がありました。

吸血鬼の力を得たことで、その態度を止めるものが少なくなります。圧倒的な能力を持てば、相手の意思を無視して支配できる。彼は、そう考えるようになります。

ジョーイは、生き延びるために他者と協力します。フランクは、力を手に入れると協力関係を壊していく。二人の選択は、終盤で大きく離れていきます。

だからこそ、ジョーイとアビゲイルが共闘する展開にも意味が生まれます。二人の間に残っていた約束が、フランクの一方的な支配に対抗するための足場になるのです。

吸血鬼のルール|噛まれることと、操られることは同じではない

本作では、登場人物たちが吸血鬼映画の知識を頼りに反撃しようとします。しかし、知っている対策がすべて通用するわけではありません。

監督のベティネッリ=オルピンは、過去の吸血鬼作品を踏まえつつ、登場人物も観客も知っていると思っていることを揺さぶりたかったと、SYFY WIREのインタビューで説明しています。吸血鬼の設定についての監督インタビューsyfy.com

本編で示される主な特徴を整理すると、次のようになります。

要素作中で描かれること
日光吸血鬼の身体を損傷させ、サミーを倒す手段にもなる
十字架やニンニクアビゲイルへの対抗策として通用しない
心臓への杭フランクを倒す決定打になる
血のやり取りフランクはランバートとの血のやり取りを経て吸血鬼になる
他者を操る能力アビゲイルはサミーを操るが、吸血鬼になったばかりのフランクはジョーイを支配できない

設定の整理には、/Filmによる吸血鬼のルールの解説も参照しています。slashfilm.com

ジョーイは、なぜ噛まれてもフランクに従わなかったのか

フランクはジョーイを噛み、アビゲイルを殺すよう命じます。しかしジョーイは、従うように見せながらフランクへ反撃します。

この場面で重要なのは、吸血鬼になったばかりのフランクには、アビゲイルと同じように人を操る能力が備わっていないことです。強い身体を得たことと、吸血鬼の力を使いこなせることには差があります。

その後、フランクが倒されたことで、ジョーイの吸血鬼化も食い止められ、彼女は人間として屋敷を離れます。噛まれた場面だけを根拠に、彼女がすでに完全な吸血鬼になっていたと判断することはできません。

監督たちもComicBook.comのインタビューで、ジョーイは吸血鬼へ変わらない人物として説明しています。ComicBook.com

フランクにとって、噛むことは相手の意思を奪うための行為でした。その思惑が失敗し、ジョーイが自分で反撃を選ぶことが、この戦いの決着につながります。

バレエを踊る意味|優雅な動きが、人間狩りの恐怖を強める

アビゲイルのバレエは、少女の外見と吸血鬼の凶暴さを一つの身体に同居させる表現です。

踊る姿には、軽やかさや美しさがあります。その同じ身体が、大人を容易に傷つけていく。動きの優雅さが保たれるほど、周囲に起きる惨劇との隔たりが大きくなります。

また、踊ることには、相手が必死で逃げている状況でも余裕を失っていないという印象があります。誘拐犯たちにとっては命が懸かった一夜でも、アビゲイルには遊びとして楽しめる時間なのです。

ここから考えると、バレエは彼女が場を支配していることを伝える動きでもあります。逃げ惑う大人たちが屋敷の中で振り回される一方、彼女は自分の身体を自在に動かしている。

そして、父親が現れる終幕では、その余裕とは異なる感情が表に出ます。大人たちを圧倒する少女にも、父親へ伝えなければならない思いがある。その振れ幅が、アビゲイルという人物を印象に残します。

ラストの飴の意味|ジョーイは、自分の生活へ戻る機会を得た

屋敷を出たジョーイは、車に乗り、飴を口にします。序盤にも見られた習慣が、血まみれの一夜を経たあとに戻ってきます。

薬物依存からの回復を目指す彼女の背景を踏まえると、飴は、生活を立て直そうとする小さな習慣として読み取れます。冒頭と同じ行動でも、最後にはその先へ進める可能性が加わっているのです。

ジョーイは、金を得れば息子との関係をやり直せると考えて仕事に参加しました。しかし、その計画は命を失いかねない罠でした。

終幕で彼女に残るのは、息子のもとへ向かい直す機会です。アビゲイルとの出会いによって、親が子どものそばにいることの意味も、改めて突きつけられます。

追い詰められたジョーイが、息子カレブへ留守番電話を残す場面もあります。命の危険を前にして、彼女が伝えようとするのは、離れてしまった子どもへの思いです。その場面を経ているからこそ、屋敷から出られたことには、親としてもう一度行動できるという重みが生まれます。

**映画は、ジョーイと息子が再会し、関係を修復したところまでは描きません。**そのため、彼女の人生がすべて好転したと断定することはできません。

それでも、屋敷から車を走らせる姿には、これから自分が何をするかを選べる時間が残されています。飴という日常の小道具は、彼女がその時間へ戻ってきたことを感じさせるのです。

『アビゲイル』が描く、約束と親子関係

『アビゲイル』の終盤では、力を持つ者が何を選ぶかが、それぞれの関係を変えていきます。

フランクは、力を他者の支配に使おうとします。アビゲイルは、助けてもらった相手を守るために父親へ働きかけます。ラザールは、その娘の要求を受け入れます。

ジョーイの生存は、このいくつもの選択が重なった結果です。彼女自身もまた、危険の中でアビゲイルと協力し、約束を信じて行動しています。

二人の過去には、他者を傷つけた行為が残っています。それでも、目の前の相手を守る選択をすることはできる。本作の結末は、その一度の選択が、誰かの次の時間を生み出す場面として読むことができるでしょう。

指切りを交わした二人は、最後には別々の場所へ戻っていきます。そこで何が待っているかは分からない。それでも、交わした約束が行動となり、ジョーイには息子のそばへ戻る機会が残った。その余韻が、血まみれの物語の最後に置かれています。

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